こんにちは。YUCOです。

今日は、レフロマクリエイターズラウンジを
立ち上げた理由についてお話ししたいと思います。

なぜこのタイミングなのか。
なぜスクールではなく、コミュニティなのか。
そんな疑問を持たれる方もいるかもしれません。

なぜ“今”なのか

実はこの構想自体は、1年前からありました。ただ、私自身の妊娠・出産に伴う体調不良などもあり、スタートが延期になっていた、というのが正直な理由です。
しかし結果として、それが「ちょうどいいタイミング」になったと感じています。

コロナ禍でフリーランスが急増したのが約5年前。そこから全体のレベルが底上げされてきた一方で、この1年ほどでAIの進化による不安や混乱も広がりました。
「制作だけの人は生き残れない」
「もうクリエイターはいらないのではないか」
そんな声も増えました。

低単価に疲弊し、体を壊し、業界を去っていく人。SNSで華やかに見えていた人が、1年、2年で消えていく姿。

そういった現実をたくさん見てきました。
だからこそ今、
この場が必要だと感じたのです。

では、なぜ“スクール”ではなく“コミュニティ”なのか。


それは、いまクリエイターとして本気で頑張っている人たちに、
同じ目線で切磋琢磨できる場が必要だと感じたからです。

私は、知識を一方的に教える場をつくりたかったわけではありません。
あくまでも私自身もまだ成長段階にいるクリエイターです。
だからこそ、実際に活躍している人たちの姿勢や思考、仕事の進め方を間近で見られる環境をつくりたかった。

初心者が集まるスクールではなく、「いま現場で戦っている人」が集まるコミュニティにしたかったのです。そして何より、私自身もその一員でありたかった。

同じ方向を向きながら、
ともに仕事をし、ともに悩み、ともに気づきを得る。

教える・教わるの関係ではなく、
刺激し合いながらレイヤーを上げていく関係でいたいと思ったのです。

私自身の背景


私は幼少期から、クリエイティブを人生の軸にしてきました。
小学校入学前から水彩画を描き、低学年からデッサンを学び、布団の中で懐中電灯を灯しながら漫画を三十巻描いているような子どもでした。

15歳で絵画コンクールをきっかけに科学館から公式イラストの仕事を受け、そこから私のクリエイター人生は始まりました。
高校でデザインを学び、専門学校卒業後は制作会社へ。涙を流しながら徹夜する駆け出し時代を経て4年目以降はディレクターを経験しました。
コロナをきっかけに独立し、現在5年目(デザイナー12年目)になります。

独立当初からクライアントワークは右肩上がりで、AIの進化によって仕事が減ることもありませんでした。

なぜか?

それは「制作」だけをしていなかったからです。
本気でクライアントの事業に向き合い、
クリエイティブの力で成功させたいと考え続けてきました。

バナー1枚の制作から始まった仕事が、
やがて事業戦略に関わるポジションへと広がり、
制作単価は100倍・200倍へと変わりました。

クライアントの事業のブランディングの改善により、
事業のヴィジュアルアイデンティティが整い、
メディアに取り上げられ、商品が広く普及する。
そんな経験もしてきました。

結局――

心からクリエイティブを楽しみ、追求した先にこそ、
クライアントの利益と、自分自身の人生の充実がある。
私は本気でそう考えています。

AI時代に思うこと

AI時代に入り、「もうクリエイターはいらない」という声を目にして、不安を感じている方もいるかもしれません。ですが、実際はそうではありません。もしそう聞こえるのだとすれば、それは“誰でもできる仕事”の話です。

実際の社会でのクリエイティブは、
ただ作る力だけでなく、それに加えて
判断力、構造理解、意思決定の力が問われます。

ツールが進化する時代だからこそ、
人にしかできない思考が価値を持つ。

そしてその力は、正しい基準のもとで積み上げた人、そしてクリエイティブを心から追求する姿勢のある人にだけ身につきます。


このコミュニティで目指すこと

低単価で疲弊している人。
伸びる前に諦めようとしている人。
そんな人にこそ、SNSの表層ではない「世間で通用する基準」と「高い視座」を身につけてほしい。

流行やノウハウではなく、時代が変わっても通用する“土台”と“追求する心”。

クリエイティブを心から楽しみながら、
向き合う仕事と関わる全ての相手に利益を生む、
それにより自分の人生も充実させていく。
そんなクリエイターが増えてほしい。

だから、
レフロマクリエイターズラウンジを立ち上げました。