お盆休み、みなさんは
どのように過ごされましたか?
私YUCOは、子供たちを連れて
三重県へ家族旅行に行ってきました。
今回の旅の目的は、
志摩にあるゆったりとしたヴィラで
1歳の娘を初めてプールデビューさせてあげること。
本当に、それだけでした。笑
大阪から志摩までは少し距離があるので、
途中の三重県亀山市あたりで一泊することに。
この辺りの土地勘は
まったくなかったのですが、調べてみると亀山市関町には、江戸時代の面影がそのまま残る宿場町「関宿」があります。
いわゆるリゾートホテルや
大きなホテルはほとんどない一方で、
古い町家をリノベーションした宿や
飲食店が並んでいる。
その雰囲気に惹かれて宿を探していると、
なんと築200年を超える
江戸時代の建物を使った宿を発見しました。
階段を上り、天井を開けた先に部屋がある。
まるでからくり屋敷のような構造なのに、水回りをはじめ内装はきれいにリノベーションされている。
「普通のホテルより、
こっちのほうが子供もワクワクするのでは?」
そう思い、そこに泊まることにしました。
・・と、宿だけでも
かなり面白かったのですが、
今回書きたかったのは宿の話ではありません。
この関町で、偶然出会った「ある方」の話です。
──────────────
小さな洋食屋さん
その築200年を超える宿に泊まる前日。
「あれ、そういえば夕食を何も考えていない」
ということに気づき、慌ててGoogleマップで周辺の飲食店を探しました。
すると、宿のほぼ真向かいに
「飲食店モーティヴ」という
小さな洋食屋さんを発見。
周辺にはほかにも
素敵なお店がありましたが、
小さな子供連れでは入りづらそうなお店も多い中、
モーティヴさんのホームページには
「広いお店ではないため、ベビーカーはお席料100円を頂きます。ご了承ください」
「おむつ替えコーナーあります」
といった記載がありました。
...いや、席料安っ笑!と思いました笑
レビューも良いし、
お料理も美味しそう。
子連れにも100円しか取らないぐらい良心的、、!
といった理由で、
前日の夜に予約しました。
予約後少し気になって
改めてレビューを読んでいると、
「オーナーシェフは元漫画家」
という書き込みを発見。
「へえ、漫画家なんだ。珍しいなあ」
と思って、すこし調べてみました。
すると出てきたのが、
モーティヴのシェフは
漫画『日本沈没』を描かれた先生
という情報。
……え?
あの『日本沈没』?
アニメ化も映画化もされ、
100万部以上売れているという
あの作品?
「そんなすごい漫画家さんが、
なぜこの場所で飲食店を……?」
関宿は本当に素敵な町なのですが、
全く都会ではありません。
「本当かな? ネットの情報が
間違っているのでは?」
と思いながらも
それ以上調べる時間もなく、
確証を得られないまま当日を迎えました。
─────────────
「昔、ちょこっと描いておりまして」
当日17時。
宿にチェックインしたあと
「飲食店モーティヴ」へ。
写真で見た通り、
可愛らしく清潔感のある
カフェのようなお店でした。
店内には漫画や本がずらっと綺麗に並べられていて、一部は販売もされているとのこと。
優しそうなおじさまが
一人でお店を切り盛りされていました。
わずかに、
「耳をすませば」の「地球屋」
のような空気感に高まる気持ちを抑え、
ビールやワインを注文して着席。
私たち家族ともう一組のお客さんだけでしたが
調理に追われてとても忙しそう。
漫画のことを聞いてみたい気持ちはありつつ
話しかけるタイミングもなく
まずは家族で食事を楽しむことにしました。
出てきたのは、
とてもセンスの良いスペイン料理のコース。
歴史ある静かな町で
美味しい料理とお酒をいただく。
「いいお店を見つけたなあ」
と思いながら、ゆっくり夜を過ごしました。
──────────
そして、お会計のとき。
「あ、そういえば漫画家さんのこと、
結局聞けてない」
と思い出しました。
「お料理、とても美味しかったです。
ありがとうございました!」
とお伝えしたあと、
恐る恐る聞いてみました。
「ところで、、『日本沈没』の
漫画を描かれた漫画家さんだ
という情報を拝見したのですが、、
間違っていたらすみません」
すると、その方はさらっと、
「・・はい。実は昔、
ちょこっと描いておりまして」
と。
!!!!!!
本当だった。
目の前にいるのは、
漫画『日本沈没』を描かれた
一色登希彦先生でした。
「やっぱりそうなんですか!!」
そこから私は興奮してしまい、
「ジャンルは全然違うのですが、
私も美術の学校を出て、
今もクリエイティブの仕事をしていて・・
先生の漫画を拝見して、
ぜひ一度お会いしたいと思っていました。
お会いできて本当に嬉しいです!」
と、話してしまいました。笑
最後には一緒に写真まで撮っていただき、
笑顔で送り出してくださいました。
私と家族と、一色先生。
本当にありがとうございました。
─────────────
私が一番衝撃を受けたこと
もちろん、『日本沈没』を描かれた
漫画家さんと偶然お会いできたこと自体、
とんでもなく嬉しい出来事でした。
絵が、絵がうますぎる....
でも、私の中に一番強く残ったのは、
「昔、ちょこっと描いておりまして」
という言葉。
いやいやいや、
「ちょこっと」じゃないですよね、、!!と笑
これだけ多くの人に読まれ、
長く残る作品を描いた方が、
自分の実績を語るときに、こんなにも
軽やかに、淡々としている。
そのことが、衝撃的でした。
クリエイターとして仕事をしていると、
「何をつくったのか」
「どんな仕事をしたのか」
「どんな実績があるのか」
を伝える場面がたくさんあります。
むしろ伝えなければならない場面が多い。
私自身、SNSで発信しているので、
なおさらです。
もちろん仕事を得るためにも
実績を伝えることも大切だし、
やってきたことを適切に見せることも必要です。
でも、今回感じたのは、
ものすごいものをつくった人ほど、
それを大声で語らないのかもしれない。
過去の代表作を自分自身の看板として抱え続けるのではなく、
今は今でまったく違う場所に立っている。
そんなお姿が、
とても格好良く見えました。
────────────────
過去に生きない
先生は今、
歴史ある関宿という場所で、
ご自身で料理をつくり、
一人でお店に立っていました。
先生の過去は知りません。
なぜ漫画家を引退され
お料理を作っておられるのか、
それはご本人にしかわかりません。
でも、
漫画家として大きな作品を残したことと、
今、目の前のお客さんのために
一皿ずつ料理をつくっていること。
どちらが上でも下でもなく、
先生にとってはきっと、
どちらも
人生の一部なのだと思います。
───────────
クリエイターをやっていると、
どうしても代表作が欲しくなります。
大きな仕事をしたい。
有名な仕事をしたい。
評価されたい。
名前を残したい。
私自身、そういう気持ちが
ないわけではありません。
むしろ、ベテランとは言えないが
若き天才でもない。
微妙な年齢で人目に触れる機会が
多くなってしまった私。
クライアントのためにも、
自身の今後の活動のためにも
実績を明かさなければいけない。
大きな仕事をしなければいけない。
そんな葛藤もあります。
でも今回、
本当に長く、
そして社会に根強く
評価されるものをつくってきた人は、
肩書きや過去の実績だけに
自分を閉じ込めないのかもしれない
と思いました。
漫画を描いたから、
一生「漫画家」でいなければ
ならないわけではない。
デザイナーだから、
一生デザインだけをしていなければ
ならないわけでもない。
その時々で面白いと思うものをつくって、
また違うものをつくって、
それでも人生全体で見れば、
ずっと何かを表現している。
そういうクリエイターの
あり方もあるんだな、と。
────────────
今の私は、
子供の頃からの美術の道を選ばず、
デザインをしたり、
イラストを描いたり、
インテリアデザインをしたり、
登壇して話したり、
コミュニティを運営したり。
自分でも「結局何屋なんだろう」
「この先どこに進むんだろう」
と思うことがあります。
でも、それでいいのかもしれません。
何十年後かに、
「ちょこっとデザインをやってまして」
なんて言いながら、
まったく違うことをしていたら、
それも面白い。
大きな実績をつくること以上に、
何歳になっても、
面白いと思うものを
つくり続けられる人でいたい。
偶然入った、旅先の小さなお店。
そこで出会った人生の大先輩から、
そんなことを考えさせられました。
1歳の娘をプールデビューさせるだけのはずだった、今年のお盆休み。
思いがけず、
クリエイターとしての
これからを考える旅にもなりました。












